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 就活だとか、研究だとか、心配しつつも愉しみにしていたものは遠のいた。常々思うことだが、僕はまず勝負の土俵にすら乗せてもらえないということがすごく多い気がする。具体的に何が、と言われるとまあ思いつかないわけだが感覚として、「あれなんだかこの感覚前に味わった」ということは多い。何の小説だったか忘れたが、窓格子の向こうの美少女に思いを寄せる若い使用人の男が、ある日金持ちの中年に少女がつれていかれるのを目撃してしまう。そんな喪失感。その若い使用人は、勝負の土俵にすら立てていないのだ。彼女と自分は窓格子に遮られているのだから。隙間から覗くことしか叶わず、自分は暗い室で肉体労働に従事するしかない。そして現代の感覚からすれば、家畜の餌としか思えないような食事と、短い睡眠が与えられる。健康は遠のく。幻も遠のく。僕の内的世界に現実を差し込ませるような真似は止めて欲しい。誰にもしてほしくない。

 

2017.02.09 20:41

 ひたすらに冬眠を目指して、根室沖の海上を北北東に飛んでいたところまではよかった。だが2,3時間も空を飛んでいればさすがに疲れる。だから一度休憩を兼ねて、氷点近い海に着水することに決めたのだが、降り方が分からない。

 飛び方は知っている。決して誰にも教えないが、僕は空を飛ぶことが出来る。

 だが、降り方は分からない。ウデの角度をどう変えてみたって、高度を下げきれない。また、左耳と右足の土踏まず辺りを近接させても、体のバランスが崩れるだけで着陸態勢には入れなかった。この行為になんの意味があるのか伝えられないのが残念だが、土踏まずには空を飛ぶにあたって重要な役割があるのだ。

 とうとう降り方がわからず、僕はそのまま空を漂い続けた。もう体は疲れ切っているので行く先は風任せだ。天候はいつも僕に味方しない。僕は空を漂い続けた末に、未確認飛行物体として、秘密裏に処理された。

 どこか寒くて、暗い場所に僕は押し込まれた。風の音だけが聞こえる。少し長く眠ることになりそうだ。この場所には何もない。余計なものは何一つない。明日になったら、きっと世界は静止してくれることだろう。

 

2017.02.09 16:16

 意味のあることを始める前に、全く無意味なことをしなければ心のバランスは取れない。意味のあることはエネルギーを使う。意味の無い世界に意味を与えるのは、宇宙の法則を局所的に無視してる。1つの無意味に意味を付加する時、無数の無意味のプールから無意味1が消失しているのだろうか。

 無意味が次第に枯渇していって、意味が過剰になれば僕らは無意味を求めるだろう。いつまでも増加を続けるものなんてないのだから、与えられる意味にも限界があるに違いない。

 だから今の内に僕は世界の無意味を独占して、無意味を売る商人になる。無意味と意味をトレードして、存在証明のために巨大建造物を南西諸島のどっかに建造するのだ。

 

2017.02.09 16:01

 人の日記を読むのは好きだが、自分で書いた日記を読み返すことはない、ということに薄々気づいたので、事実を記録していく日記を付けるのはもうやめた。

 元々、記憶の連続性への不安から日記を書くことにしたのだ。昔を振り返った時に、過去を流れのあるものとして認識できない、過去が断片でしかないことが不気味で怖かった。断片と断片の間に自分で無い何者かが挟み込まれているんじゃなかろうか。だからその隙間を埋めるために毎日日記をつけようとした。だが、それに何の意味があるのだろう。日記を書いたところでそれも断片にすぎないのだ。1日のうち日記を書く時間などたがたが1時間程度。断片を足し合わせることに何の意味があるっていうんだライプニッツ

 だがもし断片と断片の間隔をなるべく小さくしていけば、過去を流れとして認識することも可能かもしれない。24時間自分の行動の全てを記録するのはウェアラブルカメラを使えば容易そうだが、それだって1秒間に30回だか60回だか連写しているだけに過ぎないではないか。1/60秒と2/60秒の間には何が潜んでいる。

 もっと細かく時間を切断する。テレビとかで使われているスローカメラを使う。だが残念ながら僕の目は何万分の1秒を認識できない。僕が認識できるような速さで、ゆっくりコマ送りする必要があるのだ。残念ながら人生にはそのコマ送りを全部見るだけの時間が無さそうだ。

 となると過去は結局断片でしかないらしい。だからどんなに嫌な瞬間が自分の中に刻まれ続けていたとしても、断片と断片の間に何か楽しいことがあったのかもしれないと自分を慰めるのだ。断片を思い出した夜はそうやって過ぎていく。まあせいぜい皆必死になって人生の思い出とかいう種のものに手を出してればいいさ、隙間が満たされれば満たされる程、逃げ場がなくなっていくんだからな。

 

 2017.2.7 17:30

髪の毛について

 チャイニーズレストランの一角に設けられたパン屋では、日々甲殻類が土壌からボコボコと産まれ出て、密着と轢死を繰り返している。その様子を見た、戦艦は砲を撃ち尽くして富士山頂。

夜について

 夜は無慈悲に奪い去る。

 日中に潜む生物が夜に照らされて、透明な骨は墓場から掘り返される。

 

パンの耳とトライフォース

 筋書きがあってそれに則った食パンの耳をかじるのは実に退屈なラットの前屈運動みたいなもんで、複数の遺伝子をノックアウトしたラットの親等からエンゲル係数を求めると血縁度が1近くなることが判明する。

 巨大な地下賭博場にも、コンビニは存在していて、セブンイレブン・ローソン・ファミリーマートがしのぎを削っており、ここ1ヶ月で店員が頭から血を吹いて倒れた事件が確認されているだけでも、7件あった。

 1店舗の売上高は大体2兆と6000億円ほどで、これは大阪府の1年の県内総生産額とほぼほぼ同じくらいである。

 というのは嘘で、実際どれくらいの規模なのか僕は知らない。数値としてそれくらいのイメージで、人間に換算すると1日に70億人ぶち殺したとしても、2600日かかる。地球人口のほとんどを2600回殺してようやく辿り着く数字が2兆6000億というわけだ。2600日というと7年ちょっと。7年というと、ゼルダの伝説時のオカリナにおいて子供リンクが大人リンクに成長するまでの期間がちょうど7年だ。子供リンクは8歳から9歳くらいであろう。小学3年生の精神のまま、高1になってしまった大人リンクは周囲との人間関係で悩み非業の死を遂げるのだ。

 その非業の死を追う韓国人のフリーライターがいつしか地下賭博場の存在に気づき、ローソンのアルバイト店員として賭博場に潜り込む。元々地下賭博場のコンビニで働けるようなコンビニ店員は、よほど才気に溢れたコンビニ店員のみで、リアルキセキの世代みたいな超天才のみが到達できる世界であった。

 だが先月ローソンの店員が大量にファミリーマートに引き抜かれるという大事件があった。その穴を埋めるようにして、韓国人フリーライターは地下賭博場に潜り込めたのだった。

 地下賭博場に筋書きはない。食パンは必ず耳から食べなければならない、というような厳格なルールはそこに存在しないのだ。我々が食パンの耳を避けようとするとき、我々は必ず食パンを二つに折らなければならない。そうでなければ、食パンを耳以外の部分から食うことはできない。ただし、食パンの生地の部分を上から食うといった姑息な行為は認められない。

 我々は今時オカ以降のリンクではなく、神トラ以前のリンクであると考える必要があるのだ。つまり上から飛び出して食うことはできない。パンをぐるりと一周すると、どこまでも耳が存在する。耳を食わないためには、何者かが画面の外からパンを二つに折ってくれなければ、二次板平面上に存在する神トラリンクは生地から食らいつくことはできんのだ。人生とか運命とかには常々このような場面が存在して、原理的に自分ではどうしようもならない状況が存在するのだ。誰かが画面外から、パンを二つに折ってくれないと、どう足掻いたってパンの耳をかじってから、生地を食べるしかない。

 僕らが地下賭博場に足を踏み入れるには、画面外の誰かがパンを二つ折りにするかのごとく、何者かが僕らの世界に介入してくれる必要がある。

 僕らはその何者かの介入をただ待ち続けていればよく、自ら筋書きに則った行動をする必要なんて、少しもないのだ。

 

2017.2.5 17:54